葉隠れ育ち

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zoom RSS 皇居坂下門から乾門への通りぬけ・・・歩いてきました

<<   作成日時 : 2014/04/12 13:10   >>

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四月も今日は12日真夏日になったり3月に戻ったり
気温の変化についていけず・・・
4月早々 2日夜から高熱でダゥンしてしまった。

やっと平熱になった5日の夕方佐賀帰郷のため羽田から機上の人になりました。
6日の亡き父と兄の17回忌法事に出席。
16年前の平成10年4月に68歳で兄が・・・
翌年の3月20日の春のお彼岸に94歳で父が兄を追うかのように黄泉の国に逝ってしまった。

4年前の13回忌に帰郷して・・・あっという間に4年の歳月が流れ17回忌の法要となりました。
3年前の東日本のあの震災 大津波 原発事故から の復興を願って日々が過ぎて行ったような・・
故郷にも玄海原発があり30K圏内に自分の故郷があります。

年齢を重ねるほどに故郷は遠きにありて想うものなのですね。

7日の夕方にはとんぼ返りというか・・ ANA返りで佐賀から羽田に無事たどり着きました。
往路は早く田舎 ・・に逢いたい
復路は早く我が家に帰りゆっくりしたい。
我が家よりいいものはない・・・今更ながらの感想となりますね。

佐賀も羽田もお世辞にも良い天気とは言えませんでしたが・・・
10000m超えた雲の上はやはりスカイブルー目が覚める青色です。
羽田への帰京の時には伊豆の島が眼下に見えました。
まもなく日が落ちる微妙な時間帯で残念な画像になっちゃって
画像


画像


4日から8日までの5日間皇居内に入場ができ坂下門から乾門までの約700mほどの通り抜けができる。

昭和8年12月23日にお生まれの天皇陛下は昨年12月23日に80歳になられた。
傘寿をお祝いしてこの春4月4日から5日間だけ国民に解放されたのだ。
こんなこと滅多にない

国民が皇居内に入れるのは・・・
1月2日の参賀・・・それに皇居内を清掃する奉仕団の人たちだけである。

佐賀から7日夕方帰ってきたばかりで≪大丈夫か!!≫と気遣う主人に・・
≪今日が最終日だから≫と・・・8日朝我が家を8時過ぎに出発した。

東京駅に着いたのは10時少し前・・・
先ずはに行き準備万端整えようと・・・>(@0@)< 案の定
女子トイレも男子トイレもこれから皇居に行くであろうと思われる服装の年配者の行列です。

もちろんあの赤レンガの東京駅から皇居前広場に続く丸ビル横から行列で・・・
数万人の行列を警視庁のお巡りさん総動員ではないかと思える数で誘導している。
和田蔵門から大手門さらには二重橋の前を大きく迂回して坂下門にたどり着くというわざわざ行列を整理するための苦肉のコースなのである。
乾門と坂下門の間の見学道路は700m足らず駅から坂下門までは4000mほど・・・

慣れない玉砂利の歩行はひざや太ももの筋肉に負担をかける。
コースは一方方向で全員が同じ方向に歩くのだから前から来る人とぶつかることはない。

安心の一方方向だが立ち止まることは許されない。
花火大会の観客をたくみな会話で誘導したDJポリスが今回の皇居前でも活躍していました。

坂下門まで約1時間少々かかりました。
救護室からタンカーに横たわって救急車に運ばれる女性がいます。
右足首は添え木をして包帯が・・・
ひと目で私よりう〜〜〜んとお若い。
≪皇居前の砂利は確かに足を取られる・・坂下門に入る前に足首骨折はかわいそう!!≫


坂下門からやっと入城(江戸時代)は・・) 
緑色の屋根の見覚えのある宮内庁庁舎の前にたてました。
これから乾門まで700m弱をそぞろ歩きです。
手入れの行き届いた桜 松 紅葉などの枝ぶりの素晴らしいこと・・その見事さ・・・

どれほどの人数の植木職人が皇居内の木々の手入れをしているのだろうか・・と思います。
今の東京の繁栄からは想像できないですが・・
この地に城を作った太田道灌の室町時代は辺境の地だったらしい。
皇居のあるこの地に城を作った太田道灌(1432〜1486)は室町時代の武将で城を作った1457年は25歳の若さだという驚きの城づくり名人ですね。

太田道灌亡きあと朽ち果てたこの城を作り直し江戸幕府を置いたのはもちろん徳川家康だけど・・・
礎を作った太田道灌はもっとすごいですね。
太田道灌は武将でありながら城づくりの名人そして短歌名人でもあったらしい。

武蔵野に鷹狩の途中雨に見舞われ雨宿りした民家で・・美しい娘に出会い雨除けの蓑(みの)を借りようとした道灌に・・・その娘は瞳に涙をため一輪の山吹の小枝を差出し  
七重八重 花は咲けども 山吹の みの一つだに なきぞ悲しき

と詠んだ話はあまりにも有名だが感激した太田道灌はそれから短歌を詠むきっかけになったという。

その道灌の作った道灌掘りは乾門通りで一番の桜の見どころだというのですが・・・・・
とてもとても写真を撮れる状態ではなく・・・・人の頭しか映りません

乾門から千鳥ヶ淵の周りを歩き2時間30分の皇居散歩は結婚44年の私達夫婦にはかけがえのない思い出になりそうです。

天皇陛下も4月10日結婚55年おめでとうございます。米寿 卒寿とお二人ともにご長寿あれとお祈り申し上げます。

天皇陛下のお二人のお写真もネットからいただきお花を飾る加工で仕上げてみました。
アニメにして感謝申し上げます。
画像


昨秋入院手術した主人もこの皇居歩きで体調復活を自分で実感できたようです。
今秋の紅葉の時期にも開放されると聞き
≪今からさらに体力作りに頑張る・・≫などと主人の口から嬉しい言葉が聞けました。
本当にうれしいです。
皇居に日帰りで行ったり来たりできることに感謝です。

故郷はやはり遠いです。
交通便利な今の時代になってもです。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
win8.1に手間取り やっと、菱の実ちゃんのブログに辿り着きました。 またまたデス。

相変わらず あちこちと元気にお出かけのご様子、楽しく拝見させていただきました。
皇居を眼前に育った私、年頭の一般参賀で毎年渡った二重橋、近隣の子供だけで決行した お弁当持参の遠足ごっご、行き先は毎回 竹橋のたもとの堀に面した小さな草原、もしくは桜の千鳥ヶ淵でした。 太田道灌の話は 毎日曜日恒例だった父との早朝散歩の際に耳タコ…で聞いた話です。 菱の実ちゃんの お出かけ先のおかげで 私の故郷?での懐かしいあれやこれやを思い出しました。

それにしても 病み上がり?で佐賀まで一っ跳び、行って帰って即、皇居の花見、ご主人が心配されるのも無理ないわ、菱の実ちゃん、タフねぇ。 

はだしで お散歩
2014/04/21 18:24
凄い!! win8.1の設定自分でできたんですか。
はだしでお散歩さんこそ相変わらずの腕前ですね。

そうでしたね。お生まれは皇居のすぐお膝下だとお聞きしたことあります。
毎日新聞本社のビルのあたりは私が S、38年に東京に来たころとさほど変わりません・・東京で昔の姿を残しているのは意外と皇居周辺なのかも・・ですね。
皇居は二重橋へよく案内する仕事をしていましたけれど・・
そしてかかとのあるヒールで旗を持って砂利の上を歩きました。
地方から見学に来る観光のお客様を案内したんです。
買ったばかりのヒール靴のかかとの皮がむくれて・・
そんな経験思い出しました。
今回は運動靴で行ったのですが・・やはり砂利の上の歩行は歩きずらかったですね。
菱の実ちゃん
2014/04/25 23:30
お久しぶりです。
高熱の後に遠出されて、戻られてすぐ皇居へ…
その行動力・体力に脱帽です。
日頃から健康に気を付け、運動を欠かさない菱の実ちゃんさんだから出来る事なのですね〜
皇居の行列はテレビで目にしましたが、その中に菱の実ちゃんさんもいらっしゃったかも?なのですね(^^)
それと↑観光のお仕事もしていらしたそうで…ブログの旅行の記事など、とても詳しく内容が充実しているのはご経験からだったのですね!納得です。
wind mama
2014/05/06 09:46
wind mamaさんお忙しいのにありがとうございます。
なんだか4月はうろうろしている間にあっという間に1ヶ月が過ぎてしまいました。
5月になってシェパ日記の再びのブログを知り嬉しかったです。これからも楽しみに・・のぞかせてくださいね。
菱の実ちゃん
2014/05/11 09:12

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